鋼の錬金術師の旧アニメの方の評価が度々話題になる。
これは別に旧アニメの話ではないんだが、人体錬成について、なんかふと浮かんだので書いておく。
理解・分解・再構築。これが錬金術の基本であると結構な初期から話に上がっていたと思うが、人間の魂……つまりはその人を理解しきることなんて到底無理なことなので、分解してしまうと再構築することはできない。
ということは、アルフォンスやニーナのように“その場にまだかろうじで存在するもの”をそのまま使うか、新規で構築するかしかない。
人体錬成も、子供を宿すことも、魂だけは新しく創るしかないんだと初期の初期から教えてくれていたんだな。
“その人に似た何か”を作る話は他の物語でも存在するが、余程の魔法でなければ似て非なる物になる当然ということだ。
俺だって君のことは理解し得ないし、君だって俺のことを理解し得ない。
人間とはそういうもので、なんなら魂だけ引っこ抜いて一塊にしても混ざりあうことなく存在するってことも教えてくれている。
人とはどうあっても混ざりあわず、袖振り合うことはあれどもあくまで一つきりで一度きり。
そう考えると、今の出会いを、今ここにある縁をもっと大切にしたくなるな。
もし君を失ってしまったとして、また巡り合うには。
蘇生であればひょっとすると……程度の話か。



















































