生肉と俺と

その時俺は実家の隣に住んでいた。元の住人が、こちらの方が日当たりがいいからと隣家に移り住み、空いたことを幸いと購入した家だ。
とはいえ住むのは俺一人で、引き篭る日なんかは郵便受けの確認をしないくらいの生活。誉められたものではない生き様がそこにはあった。

さて、昨日は篭ってしまったし郵便受けに回覧板が見えるから取りに行かねばと扉を開け、トットットと数歩門へと進みゆく。
右手には木も植えれるような、左には椅子の座面ほどの奥行きの花壇があり、元の持ち主が植えたものがそのまま残っている。
腐った植物もないのに、ふいに嫌な臭いがした。

胸元より低い位置にある郵便受けを開くとその原因を知ることができたが、現実であることを俺の脳が拒む。
チラシに乗った回覧板の上に、よく見慣れた白い発泡スチロールのパック。透明なフィルムにくるまれたそれは異質さをほんのりと醸し出すが、中は見えない。

その上には、郵便受けの入れ口からも溢れるように盛られた豚の肉、肩の切り落としだろうか。500gはかたい。
まだ新鮮なところをみるに臭いのもとはそれではない。が、原因は鎮座している。

門に据え付けられた箱からすべてを取り出し、視点を横から上に移す。

白い壁の中で密閉された透明の窓の奥に、ほとんど灰色に変色したミンチが横たわっている。見たところ鳥だろうか。

いくつかの生き物の命が狭苦しく押し込まれていた匣から視線を外すと、門の片割れの足元にも生々しい赤が散らばっていることに気付いた。
いつの間に我が家の庭はカラスの餌やり場になってしまったのだろうか。少なくとも二日前には無かったはずだ。

他に異変がないか辺りを見回すと、花壇の中でも家に近い場所にボウルほどの穴ができており、ひときわ大きな生肉が顔をのぞかせていた。
豚バラ肉の塊にしては少々脂が多いか。キロ単位に見えるが塩を刷り込んで焼いたら美味そうだ。

この惨状が隣に住む家族は見えなかったのだろうか、それとも犯人は愛すべき家族なのだろうか。ハロウィンは既に終わっているというのに中々にエグい悪戯だ。

半ば呆然としていると実家から妹が出てきた。彼女は何も知らないらしい。ならば家族は白だろう。
家の元の持ち主はどうだろうか。それをする利点がない。

そうなると思い至るのは赤の他人だが、俺はここまでの恨みを買った覚えがないしストーカーでもこんなことすることはないだろう。ちょっとした合宿所案件だ。実況しないと。

警察に通報するために写真を撮ることにした。
郵便受けの中には流石に戻すつもりがないので、土から生える肉と、乗られっぱなしの回覧板とチラシの姿にこれでもかとシャッターを切る。
今思えば警察に通報して来てもらいながら撮影すればよかったんだが、窓口に持っていくことしか浮かばなかった。
相談歴がないから仕方がないな。

スマホを構えながら謎撮影会をしていると知らない影が近づいてきた。
勧誘などのノンアポに対応する余裕もないので屋内に移動しようと顔を上げ、視界の端にちらと見えた時、理解した。


あ、これ犯人だ。


前方からやってきたのはもうひとつの姿の俺だった。

かろうじで扉を閉めるが、勝手知ったる動きで裏口に移動する。そちらは鍵が閉まってない。
俺は走った。真っ直ぐ向かえる屋外と間取りや家具で遠回りする屋内のアドバンテージの差を思い知らされる。
だがここは俺の城だ、扉の癖なんて相手は知らないことだろう。寸でのところで防衛は成された。

「なんでェ……そんなことするのォ……?」

曇りガラスの向こうから間延びした抑揚のない声がする。

「わたし。おせわしたいだけだよぉ?」

扉を触る気配はない。こちらの影は見えないはずだが、語りかけてくる。

「たぬきちゃん、だしてよー」

俺はゾッとした。
こいつは善意でしていたんだ。
あの姿も、置く物の選択もアイツのためによかれと思って。
だがやっていることが小学生……いや、幼稚園児のそれだ。野良犬に餌をやるにしてもこんなこと実行する奴がいるだろうか。

狸に会わせてはいけない。そもそもいつ狸のことを知ったのかもわからない相手など脅威でしかない。
警察を呼ばなくては。妹は玄関を守ってるようだ。狸を避難させないと。ガラスは所詮ガラスだから破られるのでは。他に入れるところはなかったか。
ぐるぐると考えを巡らせる。今一番に取れる手は、この状態での最善は。

 

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ここで夢は終わった。
終わったというか終わらせた。

二度寝の、ものの30分の出来事なのにあまりにも濃くて、潔く起きるべきだったと後悔が渦巻いた。
うすら寒く後味の悪い読後感を朝から抱くことになろうなんて、あんまりだろう。
秋の終わりに布団のぬくもりを惜しがることがここまで罪だとは思わなかった。

この夢で一番よくわからないのは一連の流れではなく実家と同じ最寄り駅に住むことに意味を見出だせない人間である俺が実家横に住んでたことである。
いや、便利だと思うよ。