回すという発想

人間、生きてると何かを回すことが多々あると思う。
猿とかじゃなく。ガチャとかじゃなく。もっと密接なやつ。

電車の内回り外回りはまだ許そう、慣れたからとかじゃなくこれについては進行方向さえわかってれば理解できるからだ。
しかし右回り左回り、あれはなんだ。わからん。

郵便受けの鍵とかバルブでよく指示されるけど視点の話も始点の話もされず解説図もありはしないのでどっちに向けるのか毎回困っている。
上を始点に右に回せばそれは右だが下から見れば左に回してるし左回しだって左に見えて右に向かってるわけで、お前が求めてるのはどっち向きだよ。……と。

義務教育で徹底されるならまだしも、自分たちの、もしくは古い常識だけで右だとか左だとか。ネジとかもそうだよ、下手に回したら頭潰れたりするくせに回さないとわからない。
統一規格があって全部それに倣ってるはずで、だからこそ説明側は「当然のこと」として変更する必要性を感じないのだろう。でもそれって説明不足じゃないか。使う側がわかんねぇっつーならそれって説明書にならないよな。

ほら、前に言ったマニュアル作成に必要な視点の話、あれだ。
理解できない人がいるならその人にわかるように書き換えるべきで、それでスムーズにいくことってあるだろ?俺はそれを言いたい。

時計回り、反時計回りじゃいけないのか?お前の時計は逆方向にまわってるのか?タイムトラベラーなのか?

もし技術なりパーツなりの輸入時にその単語が相手国に存在しなかったとしても日本では通じるだろう、なのに何故頑なに右とか左とか、デジタルクロック増えて通じなくなったとか思ってるんだろうか。そういう未来もあるかもしれないけど……ひょっとして右回り左回りってテレビや電話がダイヤル式だった名残か?

そうだってんなら今後もっとわからなくなる可能性があるし、教育に入れるなり脚注つけるなり書き換えるなりしてほしいところだ。アナログ時計が廃れる未来は、ひょっとしたらあるのかもしれないけどまだそんなに近くはないはずだし。
巻き戻しみたいに単語だけ残るパターンだとしても許されるのは一方通行の行為だけだぞ!

環状を抜けるものであるならまだしも、一回転するものであるのなら何にでも使える言葉だと思うんだが中々活用されている気がしない。
最初に許した内回り外回りも進行方向がわかってればって時点でどうかとは思うしラジオ体操で見本なしに意味が通じるかって言うとそんなことないだろう。ラジオ体操については他の言い方特に浮かばないから、ならどうすればいいってのには行き着けないが。

とはいえ「この表記の方がわかりやすい」っていうのも俺の個人的な意見だからマイノリティな考え方なのかもしれない。
そして「こう改めてほしい、こう配慮してほしい」っていうのは我儘な主張だということも大いにある。
だけどこれは一種のバリアフリー化だとも思ってて、コールセンターの仕事も減るからとか、言い訳みたいなもんだけど利点はあると思うんだよ。

人と人はいがみ合い、それはたった少しの知識や常識の差から始まることもある。言い換えればわかることを言い換えないことで亀裂や齟齬が生まれることもある。それで生まれるのは無駄なエネルギーの消費で、非効率化への道だ。
けれど「当たり前」のすり合わせができれば人は理解し合うことができる、そのための一歩という考え方をしてみないか!?

久人19歳は「時計回り」「反時計回り」表記をおうe……推奨します。