それ自身が観光地 -2日目朝~越後湯沢駅-

帰り道は折角だから鈍行で。
鈍行はダイヤの都合で12時便を逃すとなにもできなくなるのでちょっと早めに移動しておくのだが街並みはこのように。



閑散としている。これが……かんこうち……。

へぎそばも食べたかったが11時開店ということで間に合う気もせず断念。次に期待。
前日に食料をこれといって用意していなかったんだが前日夜に翌日の朝食をどうするか調べてみたところどこもかしこも11時開店で身動き取れるのが雪ん洞のみ。さすがに2連というのもなんなので適当にお茶を濁したりする。開いててコンビニ。

10時に駅のつけ麺屋は開くからそれという手はあるんだがそんなに腹コンディションが整っているわけでもないので俺は避けた。あとはホテルに対して駅の逆出口から3分ほど歩けばスーパーがあるのでそこが9時に開くから駆け込むくらいか。


ニューデイズに現地限定のようなおにぎりがあったんだが前日に買うか迷って買わなかった。翌日……というか今日後悔しつつ影も形もないおにぎり売り場を2巡3巡。10時頃に並んだのですかさず買い込んだのがこれらだ。
味の感想を言うならば塩はかけていただきたかった。物足りない。

この流れから現地をある意味満喫するには蕎麦を前日に食べておいて翌日の朝飯としておにぎりを買っておくのが正解かな。もっとそれっぽい飯はあるんだろうけど軽く済ませようとするとこうかなってくらいで、今であれば川魚買って「これがほんとのろばたやき」とかコメント付けなくもないんだが。
あとはやはり宿の朝食サービスを受けることだな。利用者が多かった理由がよくわかった、この街は機会損失とか以前に食いっぱぐれる街だ。

ところでこの街、ホテルなのかわからないけど恐らくホテルなんだろうなって建物あまりにも多くないか。どれが宿じゃないのかさっぱりわからんくらいだ。
観光案内経由で当日飛込なんかもできそうではあるが……それはそれで色々とリスキーな気はする。

 

 * * * 閑話休題 * * * 

 

切符買って在来のホームへ向かうがここはどうやら改札がない駅のようだ。そんな駅があるのかと驚愕しながら窓口に旅立つ印を提示するが時刻は11時をまわって少し。
「あと1時間くらい来ないけど本当に入りますか?」とまるでゲームの門番のように(というのは面白おかしくするための誇張だが)訊ねられる。しかしながら先程から店も見飽き、右往左往を繰り返すこれは鉄道オタクを少しだけ“かじって”いる。
「大丈夫です、適当に潰せますんで」
軽口を叩きながら足取りもともに軽やかに、スキップを越えて飛び立つように。そして踊るかのようにホームへと舞い降りた。




うわああああああああああああああああああああああああああああああほくほく線だああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

軽やかとか踊るとかそういうの全部吹き飛ばすただのオタクであった。


やばーい


かわいー


ふるーい

語彙を無くしながら1人のオタクは冷静さを取り戻した。旅情を掻き立てるホームの端も、普段の現実から剥離した列車も、湯之元を象徴するオブジェも全てかなぐり捨てて。

変わりゆく景色は場所だけじゃないことを思い出した。明日、明後日は同じでも次あいまみえるのは十数年後の未来かもしれない。その時に残っているかもしれない、残っていないかもしれない「可能性」を抱いて忘れることなく今を切り取る魔法を唱えた。


無人駅であれば簡易的な自動改札がある、だけどここはそうではない。いつか人の手から離れてしまうかもしれない恐怖と戦いながら、ワンマンカーだからなんて理由も消えて機械に任せてしまう日がくるのかもしれない。
その日までにもう一度、ここに降り立てるのだろうか?

“温かみがない”という言葉で表されるものとは異なる感情が胸に湧き上がる。不思議の国に誘われるような経験との決別が待っているのかもしれない、非現実への恋慕のようなものだ。
扉を叩くのに門番を相手せねばならない場は探していないだけで入口はいくらでもあるが、「ふいに」といった経験を失うことだろう。

誰にも証明されない片道分のドキドキを握りしめて走りだす旅を、思い出すこともできなくなるだろう。
残念……と言えば大業だ。旅行者などという枠外の人間が惜しむのは一種の負け犬の遠吠えで、利用者ではない利用者の声など聞く必要など欠片もないのだから。

悲しむなんて大いに偉そうで憚られることだが、今の姿がいつまで続くのだろうかと未来に対して考えてしまうのは旅人の癖なのだ。誰に乞うわけでもないが、これも旅の情緒のひとつなので今くらいは許してほしい。


落ち着いてもう一度、ここからでしか見れない景色を見ることにした。

新幹線との隣接ホームを上下に重ねた駅構造は懐かしくもよく見るような錯覚を起こさせる。初めて来た場所で、初めて見る風景のはずだというのに。目を何度もこすりながら現実と記憶の境目を行き来する。顔に暖かい湯気があたり、冬なのにじっとりと汗ばむような倒錯感を覚えた。
停まっては駆け抜ける高速鉄道に、ゆっくりと……しかし着実に進む在来線。ハイタッチするかのような距離で二人が出会い結ばれぬ思いのように離れていく、私はこれを知っていた。

身分違いに魅せ掛けた姿での逢瀬に、そっと優しく手を離す焦がれ。引き裂かれるわけでなく辿り着く先も同じなのにまるで永遠のように感じられる数分を幾度となく見ていた。記憶と線引いた曖昧な夢の中から彼らの約束の地が口を突いて出る。

 

 

熱海だこれ。

 

 


堅苦しいのも程々に、越後湯沢駅在来線ホームの個人的にほほうなるほどと思ったポイントは2.3番ホームの屋根である。
2種の素材が途中で切り替わり乗客を守っている。どちらが古いのか、何故このような形状になったのか。にわかにはわからないが何らかの歴史があるんだろう。


ちなみに新幹線から直で乗り換えされる場合は改札内にこんな券売機がある。できることなら使いたかったし少しだけ……迷った……!!